ごあいさつ

みなさま、はじめまして。
鉾田市にございます、無量壽寺(真宗大谷派)、住職です。
昨年一月に、本山で御門首様から拝任いたしました。

今から五年前、大切な家族の突然の死に出遭いました。
夜「おやすみなさい」「おやすみ」の挨拶のやり取りをして
いつもと同じように眠りにつきました。
しかし、次の日の明け方には、そのお身体はすでに冷たくなっていました。
五十代半ばの、あまりにも急がれた、ご命終でございました。
家族も、ご門徒様も、全ての有縁の方々が大変深い悲しみに突き落とされました。
それまで、当たり前のように生活していた事全てが急変し
ありとあらゆるお寺、家族、個人の全てのことが押し寄せました。
その三か月後に前坊守が環浄されました。そして、今から二年前に前住職が、
残された家族の為にがんばるだけ、がんばってくださった93歳の往生でございました。
お寺に嫁いで二十数年来、惇坊守として裏方に従事し、子育て中心の生活をしてきた主婦のわたくしが、
五年間に三人の家族のお弔いをしなくてはならない立場となりました。役員様ご門徒様も、
お寺と共に大変な月日であったことでしょう。お支え下さったご恩は忘れることはありません。

今日までの五年の歳月を振り返りますと
三人の家族のお弔いの間、その後の家族とお寺の生活は、言葉ではいい表せない非日常、心身ともにいたみに飲み込まれる日々でした。
家族ともども、真によく今日までよくやってこられたことと、おささえくださった大勢のご縁の方々に
心から感謝を申し上げます。

生きることが、苦しくつらい、そういう側面もあるということを味わいましたが、
これは、わたくし達家族にだけに押し寄せた特別なことではないということも心に深く刻まれました。
いのちに「亡くなる順番」というものはない、ということもしっかり受け止めました。

しかし、決して苦しみだけの日々ではありませんでした。
その苦しみを追いやる、数多くの思いやりや親切、慈しみに抱きしめられていること、
心引き裂かれる経験、苦い思い出などの体験も、
全てはわたくしや家族の、自身に向き合い、真実を見る目を育ててくれました。

わたくし達家族を励まし、思いやりくださる友人、親戚、ご門徒様、寺族のみな様、
また、故人のご縁でおつながり頂いた有縁のみな様、心から感謝しております。
遠方近隣におられる、故人の同級生のみな様、先輩、後輩、恩師の方々、有縁のみなさま、
当時お電話やお手紙で、沢山の励まし応援を頂きましたこと、誠にありがとうございました。
子供たちも、故人の跡を継ぎ、ご門徒様方と共にお寺を継いでゆく道を歩んでおります。
学び途中ではございますが、今後とも温かくお見守りくださいますよう、お願い申し上げます。

十年前からの体調精神の不安定と向き合いながら、仕事に追いつかないこともたびたびありましたが
今は、とても落ち着いた、静かな心を頂いております。
責任ある立場ということを第一に考えて、最善の対応をさせていただきたいと思っております。
また、お寺の歴史と、お寺のご法要、日常の様子を記してゆくことで、
寺族、ご門徒様、ご子孫にも大切に想っていただける、
お寺とご門徒様との歩みのアルバムにしたいと考えております。
そして、いつ、なんどき我が身に起こりうるかわからない「その時」を心に強く受け止めて
わたくし自身のいのちの記憶としても、
後を歩むものたちの少しでもお役にたちますようにと、強い願いを込めて立ち上げました。
わたくしの人生で、これほど真剣な思いで、「生きる」ことに執着することは今後ないことでしょう。

お寺とは、故人様のお弔いの時だけのおつながりではありません。
ご門徒様の家庭の中心にあるお内仏は、みな様のいのちを現す荘厳に満ちております。
その内にある存在に目を向けるとき、初めてその方の人生の血脈が流れ打ち始めると私は受け止めております。
わたくし達は、親鸞聖人、お釈迦さまのお心をおたずねしながら
いのちのふるさとで
共に生き、また、巡りあうものどうしです。

今日までお支えいただいているご門徒のみな様、
また、新しくおいでになられた、なられる新ご門徒のみな様に、
安らぎと喜びが、いのちからもたらされますことを
お寺に生きる者として、尽くしてまいります。
共に笑い、喜び、大いにしあわせの時をいただいてまいりましょう。
ご縁により新しい縁に移られた方々にも、
そののちも幸せにつつまれますことを心から念じております。
長いことご尽力ありがとうございました。大変お世話になりました。
未熟なりにも誠実に、ご当家様おひとりお一人に向き合ってきたことをここに記させていただきます。

生きている「今」も、肉体も消えて後生きる、その「時」も
いのちのふるさと「浄土」は、変らずにそこに存在し、私たちを観ておいでです。
阿弥陀如来様の本願は、真である。誠に身が崩れるほどお優しい。

このようなわたくしにも、生きる喜びのお仕事を与えてくださったのだから。
そのことに目を覚まさせていただいた、今日までの人生であったのでしょう。

どうぞよろしくお願いいたします。

平成31年3月20日